小論-02

●「党」より民主「政治」の再建が急務
● 奇妙な符号
2013年2月18日

「党」より民主「政治」の再建が急務

民主党改革本部の総括原案によると、総選挙惨敗の原因は①党自体の能力不足、②3人の総理経験者と幹部たちの指導力不足、らしい。その通りだが、余りに表面的、評論家的に映る。
確かに民主党には、国家を運営する総合的な実力が無かった。'09年の夏まで多くの有識者は、民主党の十年余の野党体験、影の内閣や国会質疑などを通して、最低限の政権担当能力が備わっていると判断したからこそ、政権交代を望んだ。実はそうでなかったことにボクたちだけでなく、当の民主党議員も、連日周辺で取材する多くのメディアも気付かなかなかった(節穴の証明)。だが一人だけ分かっていた政治家がいた。民主党三年間、殆ど座敷牢に閉じ込められていた小沢元幹事長。自民党福田政権の時小沢氏は既にそれを見抜き、連立政権を模索した。勿論「読売」主筆が絡んだ政局だったから別の思惑もあろうが、民主党の余りの未熟さに、連立を組んで国家運営を学習させようとした意図は、今となれば分かる。なのにボク自身を含め他の誰も合点がいかず猛反対したため、その慧眼は生かされなかった。そうした先見の明のある一議員を、党主流派は大手メディアと歩調を合わせて排除し続けた。内ゲバさながら「排除の論理」を優先し、反主流派である党内野党の人材や提言を活用する度量を欠いた。どの政党でも政権を持続するには、もしも内閣が失敗したら反主流派にバトンを渡して気分一新、悪い雰囲気を変えて出直すものだ。自民党はそうした知恵を持っていたからこそ、'09年まで長期政権を維持できた。そんな常識も持ち合わせず、自己保身の権力争いにうつつを抜かし、党内主流派だけで権力維持を図ったために人材不足に陥り、政情転換もならず支持率回復どころか、益々降下していった。
今回世論の評判の悪い三人の首相経験者の功罪は不問に付すらしいが、菅・野田両氏の責任は議員たちの想像以上に重いので明確にした方が良い。国民の民主党離れは、脱官僚・消費増税不可・コンクリートから人へ、などのマニュフェストへの裏切り、即ち民主党の自民党化による。それは市民派代表の菅氏が、対極にある保守の重鎮中曽根元総理との会談で「市民派保守」として認知された後、その腹心で消費税導入や原発推進論者の与謝野馨氏を経済閣僚に起用した時から始まった。これは、霞が関と協調する嘗ての自民党と同じ道を歩む、との宣言だった。
野田氏の場合は、「朝日」を代表とする大手メディアの「決められない政治」不安キャンペーンに踊らされ、財務省の筋書き通りに民自公三党合意を経て、世論に背を向けた消費増税路線を強行したことだ。政権交代後の経済反転状況を見れば、それが如何に真逆な政策のごり押しだったかが分かる。有為の反主流派議員や亀井静香氏などは安倍経済政策を先取りしていたし、現在進行形の日本単独円安政策に世界の目は厳しいが、もしも大震災や原発事故直後であれば、その反応も違っただろう。
一国のリーダーがウソを付くことの重大さに、推進した主流派もそれを煽った大手メディアも気付かない。それは、政党の公約・マニュフェストは信じられない、つまり選挙は当てにならないという決定的政治不信を生み、前総選挙における史上最低の投票率に如実に表れた。国民生活を考慮しない年末の予算編成期に、一票の格差是正を置き去りにした憲法違反と敗北予想を承知の上で衆院解散を強行したのは、勢いに乗せると怖い維新グループや政敵小沢氏主導の新党など第三極の準備不足にかこつけて、自らの敗北を最小限に留めて連立与党に残ろうとした身勝手で浅薄な禺挙としか言いようがない。
総選挙の大惨敗によって野田氏は、増税という政策上の失敗に加えて、民主的な政治の土台も壊してしまった。巨大与党に対する健全野党が無くなり、超保守的タカ派の台頭に抗するリベラル勢力の基盤が失われたからだ。それなのに彼らは、民主政治を無効にし兼ねない重い責任を自覚しているのか疑わしい。
もちろん主流派だった小沢氏や鳩山元首相の責任もある。小沢氏の場合、鳩山政権幹事長時代に権力を笠に着た独断専行の党運営、思い上がった政治行動は非難に値する。しかしそれは排除の対象にするのではなく、それよりも生かして使う器量ある政治家の不在を嘆くべきだろう。鳩山氏については毀誉褒貶あるが、メディア論評の短慮が多い(小論「唄を忘れたカナリア」「民主党の失敗と再生」参照)。どちらも菅・野田両氏による国レベルの制度破壊に対して、党レベルの不始末と言える。
以上から分かるように失敗したのは民主党の一部=主流派であって民主党全体ではない。本来なら離党した議員も含めての反主流派の議員たちが参集し、民主・リベラル勢力を立て直すのが筋だろう。それ故残った議員たちは、官僚を使えそうな人材は離党・落選したりで不安を隠せないが、民主党再生に矮小化することなく、消滅しかかった野党の結集と同時にリベラルな政治環境の再構築を目指さないと、超保守・タカ派の巨大与党だけの翼賛政治になり兼ねない。新体制にその覚悟はあるだろうか。
2013年2月18日
付記 
民主党政権末期には小沢氏など反主流派は排除され、主流派だけ残った。何事も多様性を有し、ハイブリッドの方が生命力は強い。だから純化路線の民主党政権は脆く、短命だった。その顛末を総括していないから、未に党勢を回復できない。大手メディアも同様。潔癖主義の体質から純化に同調、増税という公約違反を推奨して政治不信を招き、世界的右傾化の先を行く復古政権誕生に寄与した。
2017年1月12日

奇妙な符号

「朝日新聞」が立花タカシ氏ら正義を翳す評論家や学者を動員して、小沢イチロウ氏の政治資金疑惑を批判し始めたのが'09年4月1日(同日オピニオン欄)。その強制起訴による無罪判決確定は3年半後の'12年秋。丁度民主党政権期と符合する。更に総選挙での「未来の党」惨敗の一因に、大手メディアの小沢リモコン批判キャンペーンがあった。結局リベラル勢力は退潮し、超保守派が台頭した。「朝日」などメディア側の過度に潔癖さや上品さを求める姿勢は、「深窓の麗人」の如く危うい。戦前の政党政治が、そのスキャンダルを攻撃されて退場し、軍部の進出を許した構造に似るから。
2013年厳冬
【小論−02】